物語3 「手紙」 あとがき

2006年5月9日の夜、

眠れない陸に寄り添い

床についた。

海は、まだ慣れない学校と 

久しぶりのスイミングスクールの

疲れもあり、

身動きもせずぐっすりと眠っていた。


「ようせいの手紙、7個目!」と、

枕の横に妖精への手紙を置く陸。

陸も海も下の乳歯が2本ずつ抜け、

それを枕の下に入れる度

「歯の妖精」がコインと交換してくれた。

もちろん仕込んだのは母親の私。

「今、お返事書いてるのかな?」

「妖精って、字書けるのかな?」

絶対返事は来ると信じて疑わないふたり。


陸は、数日前から風邪のウイルスで

胃をやられ、学校を休んでいる。

その夜も時々刺し込み、

身をよじって痛みに耐えていた。

手をつないでいる私も、

眠ったような、眠らないような…。

そして不思議な夢を見た。


私は、次の歯が抜けた時に交換しようと

水晶球を捜していた。

小さな雑貨屋では見つからず、

細い通路の先にあるドアから外へ出た。

真夜中の大通り。

同じ店から出た大柄な男性が

逆方向に歩いていく以外に

人影はない。


澄んだ濃紺の夜空に

おびただしい星の群れ。

圧倒的な迫力で天の川が瞬いていた。

「すごい」と思った。

こんな星空を見ることができるなんて

幸運だと思った。

星は、わずかに、

それぞれがうごめいていた。

星から目を離し、家路へ急いだ。

空気が異常に濃厚だった。

絡みつくような空気だが

不思議と心地よい。

信号待ちをしながら、

こんな体験をしたら次は

死んでしまうしかないんじゃないか、

と思った。


道をはさんで

信号待ちをしていたふたりが、

青になった刹那、

私を目がけて走って来た。

矢のように近づいて来るふたりに

私は動けなかった。

ふたりは、足の先から頭の先まで

全身がミルクティー色だった。

そして同じ色の羽が肩越しに見え、

頭には触覚がついていた。

妖精だ。


私の思い描いていた姿かたちとは

少し違っていた。

からだはしなやかに細く、

14~5歳の少年と少女のように見えた。

少女が私の左手をつかみ、

少年がその手首に何かを押し当てた。

木の感触。

「手をもらうよ」

「え?」少しあせる。

「約束したでしょ」

「え、そうだっけ?…じゃあ、いいよ」

自分でも驚くほど左手を失うことに

恐れはなかった。

なぜか理由ははっきりしないが

「陸と海のためならば…」と思った。


「じゃあ、いいよ」

言った直後、夢は終わった。

「許された」と思った。

左手を確認すると、

まだちゃんとついていた。

陸を見るとスヤスヤと寝ている。

私は妖精に許可を貰ったような気持ちで、

枕の横の手紙をそっと取り、

いつものようにタンスの奥にしまった。


すごく不思議な、現実感のある夢だった。

もし、これが夢ではないのなら、

妖精は私のことを怒っていたのだろう。

私の勝手な想像で、

自分達の姿や生活を語られたから。

そして、私という人間と、

陸海への愛情を試したのだろう。


5月20日。

昨夜、妖精からの手紙を寝室に置いた。

パソコンで印刷しようと思っていたが、

どうにも「ニセモノ」なので、

夜中までかかって鉛筆で書いた。

やはり和紙だろう。

そして妖精は小さいはずだ。

A4の和紙を縦1/4に切ってつなげた。

字も、私が書ける最小の字にした。

幅5㎝、長さ107㎝の

細長い手紙ができあがった。

くるくるまるめて 麻紐で結んだ。

これで妖精らしくなった。

歯を枕の下に入れるときに使っている

黄色のオーガンジーの袋に手紙を入れた。

この袋は先日、

陸と海が妖精あてに書いた手紙を入れ、

手紙と一緒に妖精が持っていった

という設定になっている。


朝6時、先に手紙に気がついたのは陸だった。

袋を見つける。

「てがみだ!てがみがとどいた!!」

海も起きだして、

声にだして読みはじめたが、

覚えたてのひらがな、

そしてあまりの長さと

文字の小ささにすぐに断念。

「7時半になったら読んであげるから…」

起きられない私。

そして7時半。

真剣に聞き入るふたり。

自分で書いたのに、

なみのくだりになると涙が出そうになる。

読み終わると、

ふたりはすぐにピアノの部屋に行った。

幼稚園で誕生日ごとにもらった、

羊毛のひつじを見て。

「ここでねるんだ…」と海。

カーテンを開け、

窓にぶら下がっているサンキャッチャー

を無言で見つめる陸。


日経新聞に宮崎駿の手記が載っていた。

「作品作りはつらいことばかり。

いつもしんどくて投げ出したくなる。

…子供たちにいいものを見せたい

という思いに突き動かされて、

限界を超えて頑張ってこられた。

子供たちに会うと、

生半可な作品を作ることは

許されないと思う。

あの子たちが見る最初のアニメを

自分が作ることになるのだから、と。

子供の幸せな1時間は、

その後の人生への影響を考えれば、

大人の幸せな1年間以上の

意義があるはず。

責任はとても重大だ。」

とあった。


私の思いつくことは、

比べてしまえばとてもちっぽけで、

主な対象は自分の子どもだけ。

ほぼ自己満足の世界だけど、

陸と海の心に確実に

沁み込んでいるのを見ると、

楽しいし、嬉しいし、

そしてちょっと怖い。

母親の影響力は絶大だ。

私の注いできたものたちは、

彼らの人生に

どんな形で現れてくるのだろう。

彼らの人生へ責任を感じる。

方法は様々だろうが、

子どもを育てるあいだ、

多くの親がそう感じているのだろう。

青空通信

双子の子育てや離婚、自分の成長、 他の方々から頂いた言葉、 出会った言葉を綴っています。

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