物語10 Salina Carter の 鍵 (1)

陸くんと海くんへ


前の手紙からずいぶん

時間がたってしまいました。

いろいろなことがあり、

思うことがうまく言葉にできずにいました。


15歳になりましたね。

背も高くなって、声も変わって、

見るたびにびっくりしています。

今でもわたしのことを

思い出すことはありますか。


陸くんと海くんが小学2年生の9月。

れいちゃんに届いたマーレからの手紙を、

わたしに読ませてくれましたね。

あれから、わたしはマーレに

あこがれるようになりました。

マーレの仕事がうらやましくなって、

カギがどうしてもほしくなりました。

そこで、わたしはサンタさんに

お願いすることにしたのです。

「わたしにもマーレのカギをください」

こう、手紙に書いて、

クリスマスツリーにかざってあった

封筒に入れました。


クリスマスの前のばん、わたしは

寝ないでサンタさんを待っていようと、

温かいお茶を飲みながら

本を読んでいました。

そのうちネコのムジカも遊びに来て、

寝そべったムジカのおなかに

よりかかりながら、

おしゃべりをしていました。

12時をすぎ、そろそろかと、

ドキドキしました。

ちっともねむくなんかありません。

鈴の音が遠くから聞こえてきました。

来る!


ところが、気がつくと部屋のようすが

すっかり変わっていて、

ツリーの下にはいくつものプレゼントが

ならんでいました。

ムジカは目をとじてねむっていました。

わたしはツリーのそばに立っていたのに、

なぜか何も覚えていないのです。

しばらくぼんやりと

プレゼントをながめていましたが、

手紙のことを思い出して

封筒の中を見てみました。


カギが入っていました!

ピカピカの金色のカギです!

ほんとうにカギをもらえるなんて!

サンタさんに会えなくても、

わたしはじゅうぶん満足でした。


なんてすてきなの!

わたしも人間の心の扉を

開けられるんだわ!

ムジカをゆりおこして、ふわふわの

胸に顔をうずめて笑いました。

ムジカはわけがわからなかったのでしょう。

あくびをしながら、

こまったような、おこったような、

へんな顔をしていました。


うれしくて、朝まで待ちきれなくて、

カギを手に外へとび出しました。

わたしに見えるのは何時のカギ穴かしら!

何色に光るのかしら!

どんなことがおこる扉なのかしら!

まだ、夜が明けない 

暗い町中をとび回りながら、

人間をさがしました。


鳥が目覚め、陽がのぼり、

少しずつ人が町に出てきました。

寒そうに背中を丸くして駅へ急ぐ大人たち、

友だちとしゃべりながら学校へ向かう中学生、

ランドセルの子どもたち、

手をつないで歩くお母さんと小さな子、

花に水をやるおじいさん、

お店を開ける人たち、

交番に立つおまわりさん…

みんな 厚い上着を着ているからか、

だれの胸にも光るカギ穴は見つけられません。

それでも、暗くなるまであちこち見てまわり、

とうとう羽の根もとが痛くなって、

けやきのおじいさんの枝で休みました。


おじいさんにこれまでのことを話しました。

マーレのこと、カギのこと、

サンタさんに会ったはずなのに

覚えていないこと。

わたしが話し終わっても、

おじいさんはしばらくだまっていました。

そして話しはじめました。

さっきまでムジカが来ていたというのです。

ムジカはサンタさんに会って、

あいさつをしたというのです。

そして、おじいさんは、

ようせいにはサンタさんが

見えるはずなんだがなぁというのです。

わたしはやっぱりねむってしまったのかしら?

でも、カギはあります。


次の日からも毎日外に出て、

だれかのカギ穴が光っていないか

さがしまわりました。

なかなか見つかりませんでしたが、

ようせいに出会うたび、

カギの話をしました。


サンタさんがくださったの!

わたしの新しい仕事なの!

すばらしい、大切な役目なのよ!


カギ穴は、なかなか見つかりませんでした。

キラリと光るものがあっても、

ネックレスだったり、ボタンだったり…

何もおこらなくて、つまらなくて、

みんなに話すこともなくなりました。


ある日、陸くんと海くんのお母さんが

3つの大きなカバンに洋服や水着や

タオルなど、たくさんのものを

つめていました。


どこか遠くへ旅行に行くのだわ。

私を待っている人は

ここにはいないみたいだし、

ちがうところへ行けばいるかもしれない。

マーレだって旅に出たのだから。

きっとそう!


私はコインを持って、

かばんを作っているようせいのところへ、

急ぎました。

いくつもあるかばんのうち

一番大きいものにしました。

むこうのようせいと

何かこうかんすることもできるように、

たくさんコインを持ってくのです。

だいじなカギを落とさないように、

結ぶヒモもつけてもらいました。

はじめて飛行機に乗って、

小さな船に乗って、

小さな島の入り江に着きました。


白い砂浜が広がり、

寝いすと日がさが並ぶ後ろに、

大屋根と柱だけの建物が

大きな日かげを作っています。

建物の左は受付で、

青い花柄のシャツを着た男の人が笑顔で立ち、

高い止まり木の黄緑色の大きな鳥が

「ハロー」と鳴きました。


建物の右には

白いクロスのテーブルが並び、

奥でコックさんが3人、

昼食のしたくをしていました。

大屋根の右には横に長い

2階建ての家があり、

いくつもドアとバルコニーがついています。

海の上には小さな木の家が5つ並び、

それぞれの家の前に

カヌーが2つ3つ浮かんでいます。

あちこちに黄色や赤の花が咲き、

まわりにはたくさんのヤシの木が

しげっています。


砂浜のはしから伸びたさんばしを歩いて、

海の上の家に落ち着きました。

陸くんと海くんは、

しばらくお昼寝をしたあとで、

水中めがねと足ひれをつけて泳いだり、

つりをしたり、

カヌーをこいだりしていましたね。


わたしは海を見たことがありませんでした。

波がこわくて、

近づくことができなかったので、

はじめのうちの何日かは

島を歩いて見てまわりました。


島はとても小さく、

私がぐるりと歩いても

1時間もかからずに元の場所にもどれます。

そこに住んでいる人間は、

その宿で働く人だけでした。


大人ばかりで子どもがひとりもいないからか、

ようせいに出会うことはありませんでした。

宿のうしろは林で、

明るい色の小さな鳥や

しっぽの長いトカゲもよく見かけました。

高い木の大きな葉っぱのつけねには

バナナがたくさんなっていました。


鳥たちやヤシの木の話によれば、

この島は少し前までは無人島で、

人間はときどき浜に舟で

遊びに来るくらいだったそうです。


夜、島では道を示す小さな

かがり火がたよりです。

波音を聞きながら浜に寝ると、

見えるかぎりいちめんに星がまたたき、

宇宙に浮かんでいるようでした。


目を覚ますと、夜空のなごりの中に、

いくつかの星と

桃色に染まる雲が浮かんでいました。

東の空が白み、

水平線の低い雲が燃えるように縁どられ、

ゆっくりと太陽が顔を出しました。

さんばしにすわって海と空の青を、

一日飽きずにながめていました。


夕陽で海がだいだい色にかがやきはじめ、

水面があがってきました。

おだやかに寄せる波の間に、

ぴょこんとまるく水の玉が出てきました。

何かしら?

水の玉はするすると

目の前に近づいてきました。

わたしの頭と同じくらいの

大きさの水の玉には、

目と鼻と口があるように見えました。

水の玉もわたしのすみずみを

観察しているようでした。


胸の奥に

「また明日!」の声が

コツンとひびき、水の玉は波に消えました。

青空通信

双子の子育てや離婚、自分の成長、 他の方々から頂いた言葉、 出会った言葉を綴っています。

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