物語9 「一歩」あとがき
ももさんとわたしのメール
もも:
読んだよ。
コーヒーなんていらないくらい、
一気に。
れいも読んでた。
ほとんど自分の力で読んでいた。
そして、読み終わった途端、
吸い込まれるように寝た。
わたし:
自力で読むなんてすごいね。
読み聞かせたって
分からないよなって
思いながら書いたんだよ。
でも、今分からなくても
いいと思ったんだ。
じわっと沁み込んで、いつか
腑に落ちてくれたらいいな。
もも:
寝る前の会話
「れいはマーレが好き?」
「うーん…うん」
なぜためがあったのだろうと
思いながら、私も読むと…
なるほど、寂しかったのだな…
と…
わたし:
はじめましての
手紙なのにお別れなんて
ひどいよね。
もも:
電車の中で読んでいる時は
「れいちゃんのことが好き」
という文を嬉しそうに
見せてくれた。
それから
「ママは見えるの??」って
私は、天から与えられた
自分の仕事を読んだような気持ち。
すっと入って納得した。
そうね、私はそうやって
生きていくんだな。
天職なんだと思う。
わたし:
「鍵」のところは風呂で
ストーリーを考えてた時
ガーンと塊で空から降ってきた。
鍵を開ける映像が瞬時に
爆発して風呂で わあわあ
泣いちゃったんだ。
不思議だよね。
もも:
開けられないかもしれないけど、
開ける努力をしていく。
それはすごくいい言葉だね。
そして開けられるものも
あるかもしれない。
わたし:
そうだね。
もも:
ありがと
わたし:
マーレの一歩。
私も書いてて楽しかった。
ももさんの一歩。
夢を持ち続けられますように。
私も時々羽を生やして
背中を押しに行くよ!
…それから
もも:
れいは何度も読み返してる。
そして、
仲良しの子に、そっと
「妖精から手紙が来たんだ」
と言っている所を
聞いてしまった。
その子は「え~~それは
おかあさんが書いたんだよ~~」
と言った。
れいは「でも、知らないうちに
入ってたんだよ…」
と言い返した。
それ以来、人に言ったのを
見ていない。
最初に読み終わってから
私に「ママは見えるの?」
と聞いたとき、こう答えた。
「ママは見えないけど、
何となく感じるんだ。
だから目が合ったように
思ってくれたのかも」
以来、見えるの?って話も、
ママが書いたの?
って質問もない。
でも、時々読み返している。
きっとずっと胸に
しまっておくんだろうなあ。
…書き終えて…
わたし:
今朝とても早く目が覚めて
夜明けの空を見ていた。
群青色 ももさんの色。
日の出が近くなって
西の空の薄い秋の雲が
珊瑚色に染まっていった。
あんな綺麗な朝焼けが見れて、
神様からご褒美を
もらった気持ちです。
あとがき
「れいにも歯の妖精が来たんだよ」
2007年3月31日。
退職する先生たちとの
思い出の会の日、幼稚園のロビーで
ももさんが言った。
「そうなんだ」と、
前に立っていたれいちゃんの
頭に手を置いた時、
ピリッと「この子に書かなくちゃ!」
という思いが走った。
舞台は幼稚園。
私の周りの人をモデルにしよう。
妖精のマーレは、ももさんだ。
マーレmareはラテン語で「海」。
テラterraは「地球」。
ふみ先生。
マテラmaterは「母」。
Mareのまい先生。
ローザrosaは「薔薇」。
はつえさん。
サンドは「sound」、
ムジカは「music」。
はつえさんの娘のねねちゃんと
息子のおとくん。
もみの木はたにさん。
1・2作に戻れば、
ココはけいさん。
ステファニーは娘のくうちゃん。
コブシの木はろこさん。
クヌギの木はよしさん。
サリーナ・カーターは
私と家族のはじめの文字を
つなげた。
そして、けやきの木は
大好きだった祖父だ。
4月半ばの土曜。
夕食前にのんびり湯船に浸かって、
マーレの物語を
ぼんやり考えていた。
髪を洗おうとシャワーに
手を伸ばした瞬間、映像が、
高いところから落ちてきて、
頭の中で破裂するように拡がった。
「鍵」「12の扉」「あふれる光」
衝撃だった。
ももさんと鍵、
人の心を開く仕事。
洗い場で発作のように
わあわあ泣いた。
「発想」というものは、
脳のしくみでそんな風に
起こることがあるのかもしれない。
でも、書かずにはいられない
という衝動や、爆発のように
頭に拡がる映像は、
私の内側から出てくるものでは
ないようにも思える。
私が書きたいと思うとき、
いつも特定の対象がいる。
その人に書きたいと思う。
その人の持つエネルギーの
ようなものが私を動かすのだと思う。
モデルになる周囲の人もそうだ。
話をひねり出すというより、
私の中で動く。
心を動かす程の魅力や
エネルギーがあるのだと思う。
私の力だけで書いているのではない。
書きたいと思いながら、
仕事に追われ、夏休みが始まり、
書き始めたのは8月の
終わりになった。
そして、9月12日の
夜中に出来上がった。
1・2作目と同じように、
和紙をつなげ、
幅5㎝、長さ2m17㎝の
長い手紙になった。
サリーナは生まれて数年の
妖精なのでひらがなが多く、
ことばも易しい。
マーレは戦火をくぐり抜けた
大人の妖精。
言葉は大人だ。
ちょうど12日の夕方は
れいちゃんが幼稚園に
ピアノのレッスンに来る。
ももさんに渡して、
そっとれいちゃんの
カバンに入れてもらった。
れいちゃんの中に拡がる
妖精の世界はどんなものだろう。
ひとつの種を植えられたことが
とても嬉しい。
9月24日。
「れいちゃんにも妖精から
手紙が届いたんだって」
陸と海はすごく驚いた。
メールで文章をもらったことにして
印刷したものを読んだ。
「れいちゃんのママは見えたの?
メールで聞いてみて!」
サリーナも読むかもしれないと、
陸と海は
紙をピアノの上に置きに行った。
妖精の物語は3話になった。
ひとつ書き終えると、
「終わりだ」と思う。
今回も妖精の話を
これ以上書くことはないと
思っている。
でも、もしかしたら
素敵な人や出来事と出会って、
また物語が
落ちてくるかもしれない。
アイディアが出る時ってね、
水に関係あるんです…。
シャワーを浴びてる時に「あ!」って。
坂東玉三郎 2017年11月15日朝日新聞
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