物語12 Salina Carter の 鍵(3)

どれだけ時間がたったのか

分かりませんでしたが、

わたしは消えずにいました。

耳も聞こえるようになりました。

どこかで落としたのか、

カギはありません。


けやきのおじいさんのところへ

行きました。

冬はとうに終わり、桜の花びらが

ぬれた地面にはりついていました。

けやきのおじいさんは何も言いません。


公園へ行ってみました。

暖かい季節になったのに、

ようせいたちはだれもいません。

なかよしの木たちも

押しだまったままです。

気持ちが合って友達になったはずの

カリンの木も、おこったように

樹皮の色を変えてツンとしています。

こぶしの木の家に戻りました。

こぶしの木も黙っています。


みんながおこっている。

もうわたしに仲間はいないんだ。

ひとりぼっちでさびしくて、

カギのことを

じまんしてまわったことがはずかしく、

あの男の人のことを思い出すと

こわくて、どうしたらいいのか

分からなくて、

あんなに消えるのがこわかったのに、

消えてしまえればよかったと思いました。

胸が苦しく、鼻の奥がツンとし、

目が熱く痛くしみました。


ぼんやりと部屋のすみを見ると

作りかけでほこりをかぶった

ピアノが見えました。

ほったらかしのコインも道具も

さびていました。


歯をくれた子どもたちが、

わたしのコインをよろこんでくれたことを

思い出しました

手紙を書いてくれた陸くんと海くんの

ことを思い出しました。


わたしのできることはコインを作ること。

ピアノを作ること。

手紙を書くこと。

サンタさんがくれたカギは

わたしの仕事ではないんだ。


生まれてから今までのことを

思い返しました。

わたしは、いつの間にか、

わたしのことをようせいの中でも

特別だと思うようになっていました。

人間の家に住むようになり、

サンタさんからはカギをもらい、

遠い海でもすばらしい体験をした。

自分のことばかり考えて、

思い上がって

大事なことを忘れていました。


みんなにちがう毎日があり、

それぞれの思いで生きている。

みんなにちがういいところがあり、

ちがうから支え合える。

みんながいるから、

わたしは楽しい気持ちをもらえたんだ。


外に出て少し歩くと、

道に並んでいるイチョウの木たちが

根本で切られていました。

「電線の埋設工事のため

  植え替えをしています」と

ガードレールにはり紙がありました。

イチョウの木たちとは

そんなに話したことはなかったけれど、

胸が痛みました。


よく見るとそれぞれの切株に、

巻いた布をかかえて

木の精がすわっています。

木の精たちは立ち上がり、

真上に登りついた半月に向かって

高く手をあげ、

持っていた布をひろげました。

長くうすい織物でした。

イチョウの葉のように若い緑や

秋の黄色の織物です。


木の精たちは半月に向かって

浮かんでいき、手に持つ織物は

風になびいて音楽を奏ではじめました。

それぞれの織物の音は重なって、

ひとつのメロディになりました。

オルゴールのようにくり返し、

くり返して、夕陽を受けてキラキラと

空に消えて行きました。

あの織物はイチョウたちの

命の物語なのだと思いました。


ずっと前にけやきのおじいさんから

聞いた話を思い出していました。

けやきのおじいさんが

まだ小さな木だったころ、

遠くの山で老木が枯れて

たおれたときのこと。

深い音色が山々や里を包み、

まるで古い長いその土地の

物語を聞くようだったと。


うれしいこと、楽しいこと、

悲しいこと、くやしいこと、、、

生きていればどんなものにも

さまざまなできごとがあり、

さまざまな思いが生まれる。

ひとりひとりに大切な物語があるのだと。


けやきのおじいさんのところに行きました。

おじいさんはほほえんでいます。

わたしは、

大切なことがわかりました。

わたしにいろいろ教えてくださって

ありがとうございます。

と頭を下げました。


おじいさんは

にっこりほほえむだけでした。

横にはいつの間にか

ローザたちがいました。

私がカギをさしたあの時のようすを、

ムジカは見ていたそうです。

あのころ、わたしのことが心配で

ローザとサンドとムジカは

交代で見守ってくれていたのです。


救急車がすぐに来て、

ムジカもそれに乗りこみました。

男の人は病院に運ばれ、

命は助かったそうです。

そして、倒れたのは

悪い薬が原因だったそうです。

それでもやはりわたしのしたことは、

何かのきっかけにはなったかもしれず、

くやむ気持ちが残ります。


こぶしの家へもどり、

家じゅうをそうじしました。

つくりかけのピアノのほこりをはらい、

みがきました。

コインや道具のさびを落としました。

すっかり家がきれいになって、

気持ちもすっきりとしました。


さあ、仕事をはじめよう、

わたしの物語を織っていこうと

思いました。

ふと右手を見ると、手のひらに

あのカギが乗っていました。

そしてクリスマスのことを思い出しました。


「このカギは君の忘れ物だよ。

   誰もがひとつ持っている

  とても大切なものだ」

サンタさんはそう言ったのでした。


カギは手のひらで光りだしました。

金色にまぶしく光りながら、

カギは溶けるように

手のひらにうまっていきました。

すっかりうまってもまだ光り続け、

左の手のひらも光りはじめました。

光は両うでに伸びてきて、

胸のまん中で円を描きつながりました。

12の扉が見えました。

まだ閉まっているもの

もいくつもありました。


体の奥にボッと小さな火が

もえるような熱を感じ、

7時の扉が開きました。

カギと同じ金色の「力」の扉でした。

自ら、省みて、考えて、

立ち上がり、歩いていく力。


わたし目の前の空気が

泡立つような音をたてながら

ひびわれはじめました。

ひびはみるみる広がって、

わたしはかたまった空気に

とじこめられました。

頭の上から、うすくかたまった空気が

パリパリと足もとくだけ落ちて、

ふうっと消えました。


いつもの景色が明るくあざやかに

見える気がしました。

7時の金色の光は消えて

12の扉も見えなくなっていました。

でも、胸の奥で小さな「力」の火が

燃えているのが分かります。

扉が閉まってしまわないように、

この「力」を育ててゆこうと思いました。


しばらくしてけやきのおじいさんと

ゆっくり話をしました。

なんでみんながだまっていたのかとも

聞きました。


自分の言ったこと考えたことや行動で、

しだいに自分のまわりに、

自分では見えない「カラ」が

できることがあるそうです。

あの空気のかたまりは

わたしの「カラ」だったのだと

わかりました。

カラごしの景色やできごとは

暗く見えたり、

ほかのものの気持ちや言葉が

曲がって伝わったりする。

カラは鏡でもあって、そこから見える

ほかのもののいやなところは、

本当は自分自身のものだったりもする。


まわりの多くにはそのカラが見えるから、

仲間がカラに気づかず苦しむとき、

もがいている時は、いのりなが

らそっと見守るのだよ。

自分でわかって自分で得たものが

いちばんの宝物になるのだから。

けやきのおじいさんは言いました。


「本当にやさしい人は冷たいんだよ」

いつだったか、けやきのおじいさんが

他のようせいに、こう話しました。

わからなかったその言葉といっしょに

胸のおくにしみこんでいきました。

胸がキュッとして、

鼻のおくがツンとして、

目が熱く痛くなりました。

ありがとう...

感謝の気持ちがわいてきました。

ほほを熱いものが流れます。

「なみだを流せるようせいになったんだね」

とけやきのおじいさんは言いました。

マーレのように、強いようせいに

なれたことに気がつきました。


公園に行くとカリンの木はうれしそうに

ニコニコと笑っていました。

見守ってくれていてありがとうと言うと。

「なんのこと?」

「実をつけるのがたいへんで、

 ぜんぜん知らなかった」と。

樹皮の色が変わるほど

がんばっていたのだということを

知りました。


カリンは、はじめてできた実を

ひとつくれました。

いい匂いのする黄色い実は、

わたしには大きくて困っていると、

友だちのようせいが何人も集まって、

草でカゴをあみ、

わたしのもうひとつの家、

陸くんと海くんの家のピアノの上に

いっしょに運んでくれました。


あれから毎日、文字を書き、

コインを作り、歯を集めました。

やっとピアノもできあがり、

2台目を作りはじめたところです。

残念ながら弾くことは

なかなか上達しませんが、ゆっくり

のんびり練習しようと思います。


カリンの木には

毎年実がなるようになりました。

でも、実がなる前は

いつもいっしょけんめいで、

話しかけても返事がありません。

けやきのおじいさんでも、

若葉がもえ出る数日前はすこし

うわのそらになることがわかりました。

今年のカリンの実も

とてもきれいでよい香りです。

いっしょに楽しんでくれるとうれしいです。

2014年11月6日

  サリーナ・カーター

青空通信

双子の子育てや離婚、自分の成長、 他の方々から頂いた言葉、 出会った言葉を綴っています。

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