毛利子来さん
やさしく語りかけながら、
読む者の暮らしにぐっと入り込んでくる。
それが、小児科医の毛利子来さんが
著した育児書の数々である。
87歳で他界されたとの報に接して、
久しぶりに開いた。
例えば生まれたばかりの赤ちゃんを
「このひと」と表現する。
「このひとは……
二人のこれまでの歴史が、
ひとつに凝結したものとしてあるのです。
とすれば、このひとは、
二人の関係を相当に厳しく問う存在
でもあるはずです。」
育児を母親ばかりが
抱え込んではいけない、
父親ももっと関わろうと、何度も説く。
子どもを預けて勤めに出る
母親に向けては、こう書いた。
「ごめんね」という気持ちに、
いつまでもとらわれてはいけない。
それより働くことの意志を
わが子に伝えようとしてほしい――
「赤ちゃんのいる暮らし」
小児科の学会で母性愛が
強く言われることに抵抗していた。
「そればっかり強調すると
母親自身の人生をなくすことになる」
と発言したと、
本紙に語っている。
診療所の枠をはみ出して
育児相談に乗り出し、親と向き合った。
毛利さんが活躍したのは
世に核家族が広がった時代だった。
家のくびきから解き放たれる一方、
心細さもあった。
そんな親たちに寄り添う仕事を続けた。
家族の形がさらに多様化する現在、
支えてくれる言葉は
紡がれているだろうか。
「おとながもう過去に置いてきてしまった心を、
赤ちゃんはいま一度
よみがえらせてくれるのです」
ときに詩のように響く
毛利さんの文をかみしめてみる。
朝日新聞 天声人語 2017.11.6
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