別れ2
11月1日月曜 診察室に呼ばれ
なみの上顎の出来物のことを話した
最後の放射線照射を受けCTを撮った
やはり転移だった
はじめに見つかった左上顎の癌は
表面的には抑えられていたが
内側が腫瘍に侵され
上あごの骨が既に一部なくなっていた
残す有効な治療方法は
手術で奥歯の手前までの上顎の骨を
全部切除することだった
顔の皮は残るが
鼻腔と口腔を分けるのに
口の裏の皮を使うので
かなり顔が変わってしまう
命を延ばす最後の手段だという
切除しても100%再発や
転移がないとは言えません
でも 大手術ではあるけれど
思ったより犬はケロッとしてます
と医師は言った
その言葉に みかけはどう変わろうとも
なみが幸せであればいいか
幸い体は元気なので
完全に癌細胞が取りきれれば
まだまだ一緒にすごせる時間が
あるかもと思った
次の受診までに手術をするかしないかを
決めなければならない
幼稚園はバザーの準備で大忙しだった
ゆらゆらと思考は揺らぎ
手を休めると涙が出た
11月5日金曜
経過をかかりつけの動物病院に話しに行った
新しく来た癌の専門の女医さんと話した
やはり延命には切除手術しかないけれど
上顎の大部分を切除することになるので
介助なしには食べ物を
飲み込むことができなくなる
また再発の可能性は否定できず
再発すれば顔がなくなるように
癌に侵されて行くだろう
失明や脳への転移もあると
逆に 手術をしなければ
次の夏は迎えられない
口の中はばい菌がたくさんいるので
いずれは腫瘍が破裂して膿んだり
嚥下困難 窒息もあると
手術するかしないかどちらを勧めるかと聞くと
どちらもとても難しい決断だと言われた
やはり手術は断念しようと決めた
まだまだ生きていてくれなくちゃ
という気持ちが強かった
でもそれは私と夫の思いであって
痛い思い 入院中の寂しい思い
術後の不便を思うと
果たしてなみは手術を望んでいるだろうかと
迷いは残るが
穏やかななみの表情を見ていると
とても近日中に上顎を切除するなんて
できなかった
放射線は最後の照射から1ヶ月程有効で
その後は癌が
爆発的に増殖する可能性があるそうだ
この穏やかな日々もあとわずかなのだろう
たくさん散歩して
出来るだけ一緒にいて
大好きなんだよ 大事なんだよと
愛されていることを感じてもらえるように
穏やかな時間を送れたらいいなと思った
衰弱や窒息など後半はかなり苦しくなるようで
最後のことについても
考える必要があると言われた
薬で命の長さを決めるなんて
できないと思った
どうか自然で穏やかな
最後になりますようにと祈った
全身の皮膚の下には
涙の川が流れているようだった
今までの10年間とこれからの時間を思うと
涙が止まらなかった
11月8日月曜
手術はしないことを東大の担当医に告げた
もうここでできる治療はないと言われ
この日で東大への通院は終わった
手術はしないと決めて少し落ち着いた
なみを触っていたくて
何度もブラシをするので
生まれてから一番毛並みが美しいかもしれない
とても進行の早い癌だった
頭部には血管がたくさん走っているので
癌にも栄養が行き渡るのだ
抗がん剤の点滴を
3週間ごとに6回受けたが
癌は私の目の前で増え続けた
細胞が我を忘れ狂っていた
上顎と左歯茎の癌が大きく腫れ
顔も変形し
口もちゃんとしまらなくなった
鼻もふさがってしまい
鼻での呼吸がほとんどできなくなり
口での呼吸も
癌と舌のわずかな隙間からなので
いびきのような音がした
鼻と口から血の混じった
臭う液体が常に流れ
壊死した部分が取れるとかなり出血した
上顎の一本の歯は
歯根まで飛び出し逆を向いていた
邪魔だろうと引っ張って取ると
出血が止らなかった
なみの口も 前足も 床も血で染まる
ごめんね ごめんね 余計なことして…
水が飲めなくなり
氷の欠片をあげたり
ゼリーで固めて食べさせた
最後に自分から進んで食べたものは
私が作ったイチゴショートだった
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